保科温泉(長野市若穂)

≪2014/07/02≫湯が良いので数回通ったことがある
長野市中心部から菅平高原に向かう県道34号線(保科大笹街道)沿いの高台にある日帰り温泉
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元国民宿舎「永保荘」だった施設を日帰り入浴用と市の福祉用と分けている
大広間も区切って使用していて内湯もそれぞれ別になっている
一般の日帰り入浴410円、
「老人いこいの家」は長野市在住の高齢者対象で一般は利用できない
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源泉30℃、加熱された湯がかけ流されて湯船から溢れていた
溢れた温泉成分で床のタイルも赤黒い
カルシウム・ナトリウム-塩化物・硫酸塩温泉
湯量は毎分約1,000リットルと豊富。かけ流しの温泉は透明でやや金気臭、体に気泡も付く
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今日は42℃位のちょっと熱い
源泉の蛇口には「熱い方は自由に…」とのこと


常連ではないので遠慮しながら少し入れていたら・・・
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後から来た温い湯好みのAおじいちゃん
そこに
少し遅れて来た熱い湯好みのBおじいちゃん
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Aおじいちゃんは「水じゃない源泉だからいい」と言い蛇口全開にして30℃の源泉が思い切り投入された

浴槽の湯が気泡で白くなる、気持ち良くて できるならワシは源泉だけの湯に入りたいと思った

Bおじいちゃん は奥の加熱源泉の注ぎ口に背中を当てていた
ワシを挟んで世間話が始まり、時々 話が届かない時はワシが「○○だって・」と中継役
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やがて二人は話が弾み仲良く肩を並べていました。
・・・「川中島合戦」にならなくてよかった、「湯の中暇合戦」は平和です




川中島古戦場跡で途中休憩
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海津城の武田軍、妻女山に陣をとった上杉軍
しばらく膠着状態だった

そこで武田軍の軍師「山本勘助」が信玄に勧めた「きつつき戦法」・・・
前面を叩いて裏から逃げ出した虫を捕まえるキツツキのように、下の八幡原で待ち受ける計画、

       と、まるで見てきたような事を言う 講釈師
時は永録四年( 1561 )九月九日・・・パンパン


    (赤凸は武田軍  青凸は上杉軍)

武田軍1万2千人で妻女山を夜襲撃・・・・
しかし上杉謙信は作戦を見破り、その前に夜のうちに山を下り千曲川を渡る
   ”弁静粛宿夜川をわたる~ぅぅ”
八幡原に集結・・・・・・・
明けて九月十日早朝 朝霧が晴れた八幡原
 待ち受けている 8千人の武田軍の前に
なんと無傷の1万3千人の上杉軍いた 
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謙信は車輪のように隊を繰り出し、敵の本陣に迫る「車がかりの戦法」
それに対して信玄は鶴が羽を広げたように陣をとる「鶴翼(かくよく)の陣」で応戦する

激戦となり 謙信は信玄に迫り大将同士の一騎打ちとなった
信玄は軍配で太刀を受ける・・・・あわや・・・・・
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そこへ武田軍の先軍が戻ってきた・・・・


・・・「それでどうなったの? どっちが勝ったの」と妻の質問
450年も前の事 事実はともあれ 今も語られる川中島合戦
そんな思いを巡らせながら境内を散歩しました

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この記事へのコメント

2014年07月05日 17:14
幸村さん、こんにちは(今回は名前の変換ミスで雪になっていない)
保科温泉は昔聞いたことがあります、覚えていることはその温泉の近くに保科の牡丹園があって小諸の伯母さんが牡丹園の中で撮った写真が家にありました。
どこの銭湯でも熱い湯好きと、温めが好きの人がいますね、それでも今回は喧嘩にならなくて良かったで、一歩間違えば言い争いになりますからね。
そこの泉源は30度なのでうめても温泉成分が薄まらないのでいいですね、私が2日に行った黒部の温泉は泉源が80度なので水を埋めるので温泉成分が薄まって本当は良くないですね、露天は大きな浴槽で冷ましていますが。
長野の高速インター近くだと思いますが山本勘助の墓のある所へは云った事があります、有名な戦なので色々と後世に語り継がれていますね。
2014年07月06日 14:33
go さんへ
ハンドルネームですがネットを始めた15年前から使っている名ですが最近は本家真田の名前があまりにもメジャーになってきたので変えようか悩んでいるところです、今更全部は大変なのでアルファベットで登録しているサイトが多いので「雪村」など字だけ変えるのも検討最中です。
保科温泉の常連のおじいちゃんの話ではこの施設の下に昔「湯本館?」という旅館があったそうです、その下に道路に「牡丹寺」の看板がありました、こんど花の時期に行ってみます。週に一度は外出したいですね(ぼつぼつ)古戦場で休憩兼ねて散歩してきました
sattoru
2014年07月08日 19:45
ぬるい湯あつい湯AB合戦も親善大使幸村さんのお力により友好的に落ち着きなによりです(笑)。非炭酸系の泡つきのある、なんとも魅力的な湯のようですね!
2014年07月08日 22:50
 sattoruさんへ
おじいちゃん2人とも人生の酸いも甘いも・・じゃなくて「熱いも温いも・・」 解っている大先輩、思っていること言っても最後は穏やかですよ、これも温泉の力、湯力ですかね?(笑)、源泉毎分1,000リットルの豊富な湯量、泉質も良いので源泉浴槽がほしいと思いました、30℃ならこれからの季節いいですね~sattoruさん
白色槍騎兵
2014年07月12日 13:25
熱い湯、温い湯、皆様それぞれ好みがありますので、難しい問題ですね。
浴槽が別々なら問題ないのですが…

妻女山から海津城は指呼の距離、城内丸見えです!!
だから謙信は、城内の炊煙を日々観察し、武田軍の動向を探ることが出来たのです。
9月9日夕方、海津城では通常の炊飯に携帯食(おにぎり)を追加した為、煙りの上がる時間や量が多くなりました。
この事に謙信は素早く気付き、炊煙が多い→夜食又は携帯食の準備→部隊の移動→奇襲攻撃があると事前に察知したそうです。
2014年07月12日 22:20
 白色槍騎兵さんへ
こんばんは、ワシの苦手な歴史ですがNHK大河が地元に決まってから戦国時代に関心を持ってきました、いろいろ検索したりしていると楽しいですね、謙信が不利な山の上に陣を取ったのも作戦?・・地元の郷土史研究者は妻女山を実際歩いてみて1万2千人もの兵や馬が登れるような道はない・・とか、(あることにしておいてほしいと思いました(笑))そもそも宿命のライバルと言われているが実は双方のパフォーマンス・・・?いろいろの説があり推測や説を聞いていると楽しいですね。